動きの持久力

久しぶりの投稿です。
今回は動きの持久力について。

「試合の後半に体がブレてくる」
これは現場で往々にして耳にすることです。




最近は「体幹」という言葉が踊っていますが、これを「体幹が弱いから」と片付ける風潮が特に技術指導者と一部のトレーニング指導者にある気がします。非常に残念なことです。

はっきり言って他の身体の部位より体幹の持久力が劣るということはないはずです。出力としても他の部位の方がはるかに大きいはずです。仮に体幹の方が先に疲弊しているのであればおそらくそれは体幹の使い方を誤っています。

体がブレるということに関しては体幹の持久力というよりはその動作の主動筋(別の言い方をすると出力を行なう元となる筋)の持久力が関係していると考えます。この持久力という表現ですが、もちろん筋持久力は関係すると思いますが、ここでは単純に筋持久力のみを表さないことを先に述べておきます。

本来行いたい動作が出来なくなるということは、つまり動作の持久力がないわけです。動作の持久力というのはつまり神経系の持久力だと考えます。これは「こう動きたい」という意志力の低下が関係します。
要因としては
・動きそのものが自動化されていない
・集中力が欠如
・動きを感覚として身につけていない(修正できない)
・自分の動きを客観視できない
などが挙げられます。

これらは普段の練習でも出来るとは思いますが、試合での精神状態を作ることはなかなか難しく、動きの持久力自体も練習と試合とでは違ってくると思います。そこで、最近では無駄と言われあまり良しとされない千本ノックや同じ動きのパターン練習の意味がこういうところにあると私は感じています。体が言うことを聞かなくなってきたときに、本来行ないたい動作を遂行する意思の有無が重要になってきます。結果としては本来行ないたい動きは出来てないにしても、「そう動こうとする」意思こそが神経系の負荷を与え、動作のトレーニングとして有効であると考えます。

前回の投稿(動きを磨く)では同じ動作は唯一無二であって2度と繰り返されないと述べましたが、とは言っても同じ動作を行なおうとする意思が大切です。単純にスクワット10回にしても10回中10回同じスクワットを行なおうとする意思が大事なのです。ピッチャーの投球で言えば10球中10球、テニスのストロークでも10球中10球、柔道の背負い投げでも10回中10回、同じ動作を行なう精度をトレーニングしていくと、そういう神経回路が刺激され、構築され、結果として動きの持久力のトレーニングにつながると私は考えます。



『たった一度の動作を、自分らしく思い通りに動く方法』を身につけましょうということです。
出典:「著:井上裕之 (2014)、出版社:学研プラス 」

というわけで、結論としては「こう動きたい」という意志力とそれを遂行する動作能力をトレーニングしましょうというお話でした。言わば動きの持久力とは身体に言うことを聞かせる持久能力です。



もちろん最終的には自動化されなければいけませんし、本当に飛びぬけた超一流のプロはそんなことはトレーニングしなくても出来ているものですが、大半の選手はその類ではないのでトレーニングが必要です。加えて、実際の競技中ではその動作パターン自体はあまり意味を成さないことも補足として述べておきます。

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