動きを磨く

前回に引き続き大谷選手のインタビューからです。
ミーハーと思われるかもしれませんが、彼の思考、発言が参考になるから仕方ないです。

今回は動作の制度に関して。
記事はこちら→ボールを自分に合わせる
この記事の中では彼が素振りやシャドーピッチングを大事にしているということが書かれています。確かに彼は鏡の前でよく自分のフォームチェックをやっていました。(そういえば最近は減りましたが駅のホームで傘でゴルフスイングをやっているサラリーマンいましたよね。)

動作を洗練させることに集中するのはとても良いことだと思います。まずは自分がどう動きたいかがイメージ出来て、それを自分の身体が遂行できるかという能力が問われます。自分が行なった動作を例えばビデオや鏡でチェックしてみるとそこにずれが生じることがあります。これはまだ自分の身体が思い通りに動かせていないことを意味します。ちょっと話は逸れますが下の写真を見てください。書き慣れたはずの自分のサインですら再現性を求められた時に思い通りに書くことはできないということを説明した図になります。動きというのは唯一無二であって、同じ動作は二度と完全には再現されないということは言われていますが、サインとスポーツ中の動作の複雑さを比較したときにどちらの動きを洗練させるのが難しいかは火を見るより明らかです。そういった誤差をなくしていく作業が日々のトレーニングだったり練習だったりするわけです。




話は変わって、自分が“今”行なっている動作を客観的にあたかもカメラで見ているかのように、または第三者となって見ているかのように、感じながら見られるという能力はとても大切だと思います。ダルビッシュ選手や大谷選手はそれがもの凄く上手だと思います。運動能力が優れたアスリートは得てして物真似が上手いことが多いですが、これは自分が見た動作を自分の身体に当てはめながら、そして感じながら再現できる(類似した動作ができる)能力に長けているからですね。以前「アハ体験を共有する」というタイトルで記事を書きましたが、指導者にもこの類の“運動の共感”の能力が求められます。選手の悪い動きの例をわざと再現する時などは尚更ですね。

タイトルにもあるようにインタビュー記事では「ボールを自分に合わせる」と書いてありますが、まず自分の思い通りの動作が出来て、そこに“たまたまボールがあったら”というニュアンスになるでしょうか。自分の動作にボールという環境を入れ込んでいったときに良いパフォーマンスとなる。

再び余談ですが、メジャーリーグに関わらせてもらっていた時に、メジャーリーガーたちは「置きティー」をすごく大切にしており、熱心に練習していました。置きティーはタイミングやインパクトの位置などまさに自分次第で、素振りの一段階上のレベルの技術になる大変良い練習だと思います。止まってるボールに対して上手く打てなくてどうして動いているボールに対してうまく打てる?という論理ですね。テニスでも同様の練習が出来ればいいのにと思っていますが、なかなか良い案が思い浮かびません。現代の科学技術を持ってすれば空中にテニスボールをプロジェクションすることは可能だと思いますが。

ただ、当然のことながら野球は体操やフィギュアスケートなどと違って自分主体の演技の種目ではないので、完璧な動作が良い結果を生み出すとは限りません。ただ、ここで大谷選手が言いたいのは自分の身体をまずは思い通りに動かせたときに良い結果を生み出す可能性が高くなるということなのだと思います。改めて21歳にして彼の思考には感銘を受けますし、今シーズン、そして今後が楽しみな選手です。

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